TANIGUCHI Seminar Column.BBS
04[2006-2007]


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No.155 清水重利
(32KB)
『不都合な真実』

1月20日に公開されたこの映画を知っているだろうか?
久々に映画館に行って見ようかと思っている作品である。
ではあらすじ↓
「“不都合な真実”とは、地球温暖化問題のこと。
京都議定書の受け入れを拒否しているアメリカの一部政治家
などにとっては、確かにこの問題は不都合だろう。しかし
不都合であろうがなかろうが、温暖化は確実に進行しており、
人類は着実に破滅への階段を登っている…。そんな現実をクリア
に提示するのがこの作品。ゴア元副大統領の講演を中心に構成
されており、データやビジュアル、ユーモアをたっぷり用いて、
温暖化問題をわかりやすく、説得力をもって伝えている。」
引用:http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD9572/story.html

 ゴア元副大統領??そう、彼は2000年に大統領に立候補した人物である。
全国一般投票では共和党候補ジョージ・W・ブッシュより得票数で
上回ったが、フロリダ州での開票手続きについての問題の後、落選
が決定した。そう、もし彼が、2000年に大統領に大統領に当選して
いれば、世界は、地球温暖化解決へ動き出していたかもしれない。
しかし、そんなことを言っても今は今。いま、何をするべきかを
考えないといけない。
 ひとまず、私は、この映画の存在を広めようかと思う。
地球温暖化、百聞は一見にしかず。不都合な真実とは何かを見てみよう。

●エコサンデーキャンペーン 開催日●
2007年1月21日(日)
2007年1月28日(日)
2007年2月 4日(日)
2007年2月11日(日)
*上記日程の中で対象劇場に限り、映画「不都合な真実」が500円で鑑賞で
きるらしいです。この辺りだとTOHOシネマズ二条。
詳細は、TOHOシネマズホームページ(www.tohotheater.jp)を!!



07/01/26 15:54
No.154 清水重利
(21KB)
『流す文化の日本人』

 「この話は、水に流しましょう。」
日本人なら、一度は使ったことのあるフレーズだと思う。しかし、
なぜ「話」を水に流すのだろうか。燃やしてもよかっただろうし、
土に埋めてもよかっただろう。なぜ、「水に流す」と表現したの
だろうか。一方、英語では、このような場合「bury」つまり
「埋める」を使うようだ。すなわち、bury one’s differences
[意見の相違を水に流す。] のようになる。
このように、言葉の表現には、その国の特色が関わってくるよう
である。日本人が「水に流す」と表現したのは、日本が水にゆかり
深かったからと推察する。たしかに日本は、水に恵まれている国だ
といわれている。日本の年間降水量は約1,800ミリメートルである
一方、世界各国の平均は1,000ミリメートルである。単純にこの数字
を見るだけでも、我々日本人は水に恵まれた環境で生活していること
がわかる。さらには、日本の現代生活に欠かすことのできない水洗
トイレの発達も水に恵まれている環境ならではのものだろう。
この豊富にある水で、日本人は「流す文化」を作り上げてきたよう
だ。生活で汚れたものは川で洗い、災いを鎮める時、霊魂を供養
する時は、それらに関係する品々を川に流してきた。「流し雛」
や「精霊流し」、「燈籠流し」といった文化はそれである。
しかし、日本の狭く急峻な川の構造は、時として洪水を引き起こす。
洪水は、家を飲み込み、人の命をも奪う。日本人は、川に流されて、
自らの生活をまた人生をリセットさせられてきた。
この日本の地形と気象が生んだ「水に流す文化」は、「水に全てを
流し、新しい自分に生まれ変わるために全てを忘れる。」といった
日本人の前向きな気質に影響しているのではないだろうか。さらに、
「水に流す」ことは他人の罪も許す行為でもあり、そこには争いを
好まず、互いに譲りあうことでともに幸せな社会を築こうとする、
日本人の穏やかな性格があらわれているように思う。しかし、私も
含む、日本人は過去の代償も含め、あまりにも、きれいさっぱり
忘れやすい一面がある。日本が戦争で引き起こしたアジア諸国に
対するあやまちなどは、過ぎてしまった事であり、私は、それらを
早く水に流して欲しいと思ってしまう。しかし、多くのアジアの
人々の心の中には、水に流すことの出来ない怒りや悲しみ、そして
憎悪を日本に対して、日本人に対して抱き続けている人々がいる事
を忘れてはいけない。
日本の地形・気象がつくりだした豊富な水が影響して、日本人は
「流す文化」をつくりあげてきた。地形・気象がそこで暮す人々の
文化・気質を左右していると推察する。世界には様々な地形・気象
が存在し、それによって多様な文化・気質が形成されている。その
すべてを尊重しあうことが、今後のグローバル社会にとって必要
不可欠だろう。


07/01/26 15:06
No.153 玉川 準一朗
(4KB)
「富士山」

どうやら富士山が悲願の世界文化遺産の日本候補として正式に承認されたようである。
何を隠そう、私も去年の夏富士山に登頂してきてご来光を拝んできました。

葛飾北斎の絵を想像して富士山に行ってみると、そのハゲ山ぶりに驚いたのを覚えている。

でも、そうとう大きい!
その大きさに登る気が少しうせたのを覚えている。

そして、これから登頂しようという人に忠告です。
@決して軽装で行かない
A大量のお菓子を持っていく
Bポテトチップスを持っていく
C登りより下りのほうが相当きつい

@は私ぐらいのものでしょう。
9月始めだったので、かなりの軽装で行きました(一応長袖とウインドブレーカー)
いや、かなりなめてました。
周りが重装備の中で、私だけ浮いていたのを覚えています。
Aは登山中はやっぱ腹が減るということ
Bは定番ですよね、例の膨らむヤツ
ちなみに私が持っていったやつは、頂上近くで破裂しました。
Cは想像以上だと思います。
もう一度登ってももいいと思いますが、下りたくはない。

どうぞ、参考にしてください。


07/01/24 21:53
No.152 玉川 準一朗
(6KB)
「時間」

2006年が終わり、2007年になった。
思えば、大学に入学したのがついこないだのように感じられる。
最近毎日のように就活就活している。
とりあえず一日の日課は、メールチェックになった。
今になって、社会って大きいんだって気づいた。
会社の数なんで星の数ほどあるし、大学院進学なんて考え出すと、いろいろと悩む毎日。
優柔不断なオレが、さらに優柔不断になっていく…。

人生は“縁”ってコトバをよく耳にするけど、これってばよく分かる。
どーやってあんな会社の中から、選べってんだ!
やっぱ、そんとき(就活中)の“カン”みたいなものがあるのかなぁ…。
オレなんか、パンフのビジュアルとかで決めそうな気がする(笑)
あとは、選考の“運”も。

さて、ここからが本題。
 むかし聞いたことがあるんだけども、「1年」というジカンは歳をとるごとに早く感じていくらしい。
理屈はこうだ。
その人の、今まで生きてきたジカンを「1」とすると、12歳の子では1年は「12分の1」になる。
60歳の人では、1年は「60分の1」
つまり、60歳の人は12歳の子どもの5倍も1年を早く感じるのである。
わたくし、もう20歳。
人生80年とすると、もう4分の1。
あと、4分の3をどうやって生きようか?
もう4分の1生きたわけで、これからは結婚し家庭を持ち、子ができ、孫ができ・・・。
このままフツーに就職してホントにいいのか??

07/01/24 21:41
No.151 浅見量太
(10KB)
『お雑煮』
この前、尚美さんがおせち料理のコラムを書いていたので自分はお雑煮のコラム
でも書きます。さて、お雑煮といえばその歴史は古く、室町時代頃にはすでに
食されていたようです。当時、武士の宴会では必ず一番初めに酒の肴〔さか
な〕としてお雑煮が振舞われていたらしいです。お雑煮は宴の一番最初に食べ
る縁起のよい料理ということになり、一年の始まりである元日にお雑煮を食べ
るようになったとのこと。それにしてもお雑煮はその土地土地で様々、、お雑
煮の具をみればその土地の特産物と食文化までわかるとか。下記のサイトに詳
しくのってます(http//www.konishi.co.jp/html/fujiyama/zouni/)
ちなみに写真のお雑煮は地元仙台のお雑煮です。『松島湾の「焼きハゼ」で出
汁をとり、大根と人参の「引き菜」、岩出山名産の「凍り豆腐」に乾燥させた
里芋の茎「ズイキ」、名取の「セリ」、飾りには、かまぼこやイクラも添えら
れ、山海の幸がふんだんに使われてとても色鮮やか。そしてしょうゆのすまし
汁に四角い焼き餅』というように豪華です。そしてうまいです。関西の雑煮は
白味噌ベースに丸餅、大根、人参ということで一度は食べてみたいですね〜。
沖縄には雑煮はない、きっと正月もあったかいからだな。
写真引用(http://blog.livedoor.jp/usagi0125/archives/50041008.html

07/01/15 0:28
No.150 浅見量太
(15KB)
『四十八茶百鼠』
四十八茶百鼠という言葉知ってます?自分は昨日知りました!江戸時代後半、幕府は奢侈(シャシ)禁止令というぜいたくをやめなさいという法律を定めたそぅで。もちろん衣服の色に対する制限もあり、青色、茶色、鼠色といった地味な色に制限されたらしいです。それでもコジャレタ町衆は地味な色であっても色調に変化をつけておしゃれを楽しんだそうで、四十八茶百鼠というのはその時代にうまれた茶と鼠色の色名の数がそれだけ多かったということを表した言葉らしい。
ちなみに写真の色名は深川鼠色、深川が粋な川筋だからついたとか。これが関西に移ると淀鼠、京の都だと鴨川鼠、素直に命名したのが水色鼠、水に波はつきものだから波鼠とかまぁ、名前が違うとどの程度色も違うのか確かめようはないらしいです。青みの鼠色ってだけでこんなに名前があるんだからいかに鼠が流行ったのか分かります。それにしても昔の人の感性の豊かさには驚かされるばかり、自分も勝手に色名でも考えようか。


07/01/15 0:00
No.149 築谷俊介
(8KB)
意外な事実

ついこの間アメリカと日本の関係について知る機会があった。自分にとってアメリカは戦争に負けたものの、特に嫌いということはない。印象としては世界のリーダーとしてさまざまなところに顔を出し、京都議定書に同意をすることなく今も世界最大の二酸化炭素排出国であるということ。しかし私はそれよりも重要なもう一つのアメリカの顔を今まで知らなかった。

もし今私たちが平和についての勉強を始めたとして、戦争時にあった「強制収容所」はどこだろうという事について考えるとするとまずポーランドにある「アウシュビッツ」という名前が出るだろう。それは私たちが小学校や中学校、高校で習ったからである。しかし日本の教科書は何度か隣国から指摘されている。事実とは違うということである。歴史が明確になっていないのかもしれないし、どちらかがウソをついているかもしれない。しかし今明確になってるアメリカと日本との間にあった「強制収容所」の話は日本ではそれほど明らかにされてないのではないだろうか。

実は第二次世界大戦当時、アメリカには日本から移住した日本人がたくさんいた。そして太平洋戦争が始まると移住していた日本人はアメリカで収容所生活を送ることとなる。強制的に移動を求められ、最初は豪華な家に家族みんなで住めるという説明を受けたが、実際には小屋のようなところに簡易的なベットなどだけ。日本人が集められ、実質的には収容所と変わらない生活だったようだ。

私は今までこの事実を知らなかった。しかしこれを知ったからと言って、アメリカを憎むわけではない。しかし問題は知らないということである。今回私はこのことをアメリカ人から聞いた。向こうの学生は多少なりとも知っているという。同じ学生が過去の歴史を知っているか知らないかでは将来的な活動や考え方に大きな違いが出る。国際化や国際交流が活発化している中で私たちは過去の事実をしっかりと受け止め、それを糧に同じことを繰り返さないためにはどうするべきかということを考えなければならないのではないかということを強く感じた。

この事に関するホームページ
http://www.americanhistory.si.edu/perfectunion/experience/index.html

立命館大学 理工学部 環境システム工学科 環境・デザイン・INS

築谷 俊介 rv004049@se.ritsumei.ac.jp


07/01/14 13:01
No.148 粕渕 夕貴
(36KB)
「大大吉☆」

※このコラムは、前に投稿した「お稲荷さん」の続きです。

 前のコラムで述べたように、先日初詣に行ったのですが、行こうと思った理由は、朱色の鳥居に惹かれた他に、もう一つありました。
 それは、憎きおみくじにリベンジすること!

 何がリベンジかと言うと、話は昨年に遡ります。
 実は私、昨年紅葉観光に行ったのですが、その時に恋愛おみくじというシロモノを引いたのです。

結果はまさかの凶!
ガーン!!

恋愛運:「待ち人来たらず、諦めよう。」
…えぇっ!?「春遠し」なら見たことあるけど、諦めようって!

など、結果は散々でした。

 普段は占いは良いことしか信じない私ですが、あの時は顔が引きつりました。そして、来年リベンジすることを誓ったのです!

そして結果は…なんと大大吉!!
…えっ!?大吉はあるけど、大大吉って?…また変なもの引いちゃったなぁ。

全体運:「思うこと、願うこと、叶わずということなし。」
やった!!

勝負運:「勝つべし」
…べし!?

そして問題の恋愛運!
縁談:「よし」
よしっ!!…って縁談!?恋愛飛ばして縁談か…。

 何はともあれ、リベンジは成功でした。変なおみくじでしたが、今年は就職活動があるので、勝負運が良いことは励みになります。

 それはそうと恋愛運!もし私が、年内に学生結婚、なーんてことになったら、恋愛でお悩みの皆さん、お稲荷さんへ急いで下さい(笑)

07/01/11 22:17
No.147 粕渕 夕貴
(56KB)
「お稲荷さん」

 遅ればせながら、1月7日に伏見稲荷大社へ初詣に行ってきました。お稲荷さんと言えば多くの人が、狐と朱色の鳥居を思い浮かべるのではないでしょうか。私もそんな中の一人なのですが、初詣の際、遂にその鳥居をくぐってきました。

 当日は朝から雪がちらついていたのですが、朱色の鳥居に導かれながら山を登るほど雪は酷くなり、場所が場所なだけに、神隠しが起こってもわからないような天候でした。

 朱色の鳥居はどこまでも続き、美しいけれど、夜に一人で訪れるのは怖いと思えるような雰囲気をかもしだしていました。神社や教会を訪れた時も、どことなく怖いけれど美しい、と思える瞬間があります。矛盾しているようですが、神社の神聖な雰囲気や、ピリッとした空気を表現するには、私の中ではこれが適当かと思います。

 鳥居をいくつくぐったかも忘れ、一体いつ山の頂上を越えたのかもわからず、手足もかじかんできた頃、何とかゴールにたどり着くことができました。

 登山が目的だったのか、朱色の鳥居に導かれるままにふらふらとさまよっていただけなのかは判断をつけがたい所ですが、何とか無事に、今年初の登山を成し遂げることができました。その日は登山の達成感と、鳥居をくぐることができた満足感を感じながら、家に帰りました。

…あれ、初詣は!?

07/01/11 22:13
No.146 山下 晴美
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◇◆霜月◆◇

山登り

あけましておめでとう。
去年はありがとう☆
今年もよろしくです☆☆

ってな感じで、自己分析もままならぬまま新年迎えた感じですが。何となく‥高い所から景色見るのが好きだなって思って。何でかなって考えたら小さい頃よく山登りに連れて行かれたからって理由に行きついたんですね。そこで、お正月を利用して両親とゆっくり話してみては〜ってアドバイスをよく耳にしましたが、そんなんは苦手だったので、山登りを提案してみました☆
大文字に登ったんですけど、意外としんどかたったなーって思い出しました。懐かしい感覚です。そして頂上に辿り着いた 時の開放感や達成感を味わうことができました。大阪の高層ビルやタワーから見る景色もキレイですが、自分の足で登った山の頂上から見た景色は全然違うなって印象を受けました。ほんと綺麗です。気持ちよかったです。
山登りの提案に父はとても嬉しそうでした。無口だし、家をリフォームしても、ちっともいいなとか笑ったりとかしない父ですが。下山途中のある一風景に立ち止まり、にこりと微笑み綺麗だと言った父の姿を見たのが印象的でした。

久しぶりの山登りはとても充実したものでした。

07/01/10 15:45
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